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ロバートソン査問会とコンドン報告(1953・1968・米国):何が起きて、何が分かっているか
実証済み面白さ 海外
1953年、CIAが関わる科学者の会議「ロバートソン査問会」は、UFO報告の大半は説明できると判断しました。1968年にはコロラド大学のコンドン報告が「科学的に得るものはない」と結論し、翌年ブルーブックが終わりました。
何が起きたとされるか
1952年夏、首都ワシントンの上空でUFOの目撃とレーダーの反応が相次ぎ、大きな騒ぎになりました。これを受けて1953年1月、CIAが関わる形で、物理学者ロバートソンを座長とする科学者の会議が開かれました。これがロバートソン査問会です。その後もUFO報告は続き、空軍は1966年、コロラド大学の物理学者コンドンを中心とする研究チームに、外部からの科学的な検証を依頼しました。どちらも、UFO報告を科学の目で評価しようとした取り組みでした。
公式見解・科学的な説明
ロバートソン査問会は、UFO報告の大半は既知の現象で説明でき、国の安全への直接の脅威はないと判断しました。一方で、報告が多すぎると本当の脅威への対応が遅れるおそれがあるとして、関心を下げる広報を勧めました。1968年のコンドン報告は、UFOの研究を続けても科学的に得るものはないとして調査の終了を勧め、翌1969年にブルーブックは終了しました。
残る謎・反論
査問会が「関心を下げる広報」を勧めたことは、のちに「政府が隠そうとした証拠」と受け取られるようになりました。コンドン報告についても、結論が先に決まっていたのではないかという批判が、研究チームの内部からも出たとされます。
面白ポイント
公式の調査が「説明できる」と結論するたびに、「なぜ隠すのか」という疑いが強まるという流れは、2020年代の開示運動まで続いています。公式の結論と人々の受け止め方のずれが、物語を生み続けています。
判定:実証済み
物証または公的記録で裏づけられています。ただし「事件が起きた」ことの実証であって、「宇宙人が関与した」ことの実証ではありません。